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2011.03.17 (Thu)

今、自分は、精一杯強がっている


 はじめは、ああまた揺れてるな、程度にしか感じなかったのだ。
 ただし、それは数秒間だけだった。
 地震で本格的に命の危険まで感じたのは生まれて初めてだったと思う。


 もちろん今日は、いつものおちゃらけた記事を書くつもりはない。
 そろそろ、11日のこと、今日までのこと、現在自分が感じていることなどを書いておこうと思う。


*****


【More・・・】

 地震の瞬間は自室だった。棚の上にいろいろとブツがあるので、ふらふらしながら落下物のなさそうな部屋の出口付近へ移動した。
 平日だがたまたま自分と両親、愚弟は在宅。なんか階下から母親の叫び声が聞こえるので、自分も声をかけた。何を言ったか覚えていない。隣の部屋の父親も何か言っている。
 声をかけながら、「ああ、横揺れだからS波か、てことは最初の方のガタタタってのが縦揺れのP波だな。S波の方がちゃんと遅れて来るんだ。すげぇ、高校の授業でやった通りじゃん。教科書ハンパねえな。」と、関連性は非常に強いが、その場ではさしあたってほとんど役に立たない知識を思い出していた。冷静になろうと努めていたのかもしれぬ。
 むき出しで立てかけておいたテレキャス(ギター)が勢いでタンスの角にぶつかった。
 

 揺れ収まる。
 状況確認。父親無事確認。
 以前マンガを山ほど詰め込んだ棚が自重で崩壊し、深夜に一人大震災を経験していたことでおなじみの愚弟の部屋を覗くが、「初音ミク倒れた」と愚痴りながらフィギュアを拾っていた。知るか。
 叫び声を上げていた母親は、どうやらトイレで用を足しているときに喰らったらしい。そりゃ叫び声の一つも出るだろ。で、無事確認。ただし用足しが無事に行われたかどうかは不明。この非常時にそんなこと聞けるか。いや、普段でも聞けない。

 次に窓外の様子を確認。
 町内の風景に特に変わった様子はなし。ただし驚いて外に逃げ出てきた人々が大勢、ほっとした表情で何か話している光景があちこちで見られた。電線がまだ余韻で揺れているのに驚いた。
 個人的な被害はさっき倒れたテレキャスのヘッドに打痕一箇所。
 まずは一安心。

 まもなく、テレビで東北の津波地獄絵図が映し出され、戦慄を覚えるが、次に現在とある事情で別の場所にいる高齢の祖母の状態を確認せねばならない。
 どうやら鉄道は全くうごいていないようだ。何箇所かで京王線の踏切が閉まったままになっているという情報も入ってくる。道路は大丈夫そうなので愚弟の運転する車で移動するが、はやくも混雑を始め、歩道には、鉄道利用者だろうか、徒歩で移動する人々がたくさん見られた。
 非日常の様相は徐々に醸成しつつあった。
 祖母のいる部屋に着くと、何事もなかったかのように寝ている祖母。
 耳が遠いので、大声で状況を尋ねると、地震があったことは認識している様子。しかし大したことなかったと豪語?する。さすがは幼少時関東大震災を経験している祖母というべきなのか、それともよくわかっていないのか。いずれにせよ、大した精神的ショックを受けていなかったのには安堵した。


*****


 同時に、徐々に明らかになってゆく甚大な被害の状況。

 マイミクのみなさんの安否が心配だった。とりあえず自分は無事だとつぶやいておく。

 記憶を可能な限りたどると、こんな感じ。同市内在住のたちばな女史が帰宅難民となり、徒歩で移動しているらしいので、テレビ等で得た情報をいくつかレスした。ティモさんも会社に缶詰らしい。なつんからは幸村(ネコ)がおびえているとメールが来たので自宅なのだろう。マキルさんは横浜の帰宅難民がハンパないことを言っていた。Nanaちゃんが無料開放の休憩場所の情報をツイッターで検索できると載せていたので、誠に勝手ながら自分のつぶやきに流用させていただいた。すまんね。渡さんは親戚宅らしい。華子ちゃんは仕事場?の棚が倒れた画像をアップしていた。
 ミクシを使えるようになるぐらい大きくなった教え子達も、次々とつぶやいている。
 ふと、マイミク一覧を見れば、最終ログイン時間の目安がわかることに気づき、オレンジ色に着色されている面子を見て安心し、白い面子を見て心配する。

 次々とアップされるマイミクのつぶやきやレス、一時間以内のログイン記録。それは同時に無事であることを意味する。
 祖母のところからの帰りがけ、自宅待機の父親に電話を入れる際、あれだけかけなおしたのに、重さなど微塵も見せずにアクセスできるミクシの「繋がりっぷり」は、非常に頼もしかった。


*****


 しかし、思ったとおりというべきか。身の回りが一段落すると、じわじわと「奴」がやってきた。
 正体不明、曖昧模糊とした不安。

 阪神淡路の時には仕事があったし、受験直前の時期であまりテレビを見ている暇がなかった。それでも長田区の火事や横倒しの阪神高速の映像などを見たらぞっとしたものだ。
 況や、その瞬間を直接経験した上に、だらだらとテレビを見てしまう時間のある今回をや、である。
 生中継を含めた津波映像の数々。あたかも空襲後のごとき気仙沼の火事。病院の屋上で手を振る取り残された被災者。衝撃波をみせつつ水蒸気爆発する福島原発。
 うまく作動しない緊急地震速報システムのチャイムは、我々にトラウマを与えることに関しては効果絶大だった。結果、テレビを消しても、何かいつも揺れている気すらする。揺れていると思ったら自分の動悸だったこともある。昨日などは雨戸を叩く風に何度も驚かされた。
 仙台の海岸に数百人の遺体が転がっているらしい。町民1万7千人のうち1万人が消息不明。疲弊と憔悴が染み出している避難所の人々。そして福島原発の白煙と徐々に広がる避難命令エリア。
 犠牲者が万人単位になるという見通し。阪神淡路はたしか約6400人。震度7、マグニチュード9・0、炉心溶融、マイクロシーベルト、計画停電。毛細血管を激しく縮こまらせるような、普段あまり関わりのない単語の数々。

 刺さる。 


 非日常。
 削れてゆく日常にかこつ自分は、たしかに常に在った。
 詩書きとして、日常の「破片」を目にすることも多かった。
 でも、違うって。
 オレが望んでいたのはこんな非日常じゃないんだよ。
「破片」ではない「瓦礫」など、見たくなかった。


 被災地の人々の心労などと比べれば、周辺地域の我々が感じる不安など、たかが知れているのに、弱いなあ、オレ。情けない。


 気がつくと、テレビの前で、涙が滂沱と流れ続けていた。
 最近涙もろくなったなあとは思ってはいたが、そういうときの涙とは成分が違うようだ。



 自分にできたのは暖房と電灯を消すことと、コンビニの募金箱に少ないながら寄付をすることぐらいだった。偽善だと言われようがなんだろうが、慈善事業を斜めに見て馬鹿にするオレカッケー的な一部の無道徳ネット住人や、善意はあるが無能で現地の足手まといになったうえ被災者の貴重な食料を消費してしまう「自称ボランティア」よりはマシだ。少なくとも形にはなる現実的な援助だと思う。


*****


 街に出なければならない。
 思うように動けなかったこの数ヶ月を打開するための、それがこの間から言い続けているテーマだった。
 だから、本当に楽しみにしていたのだ。


 13日の日曜日は、遠足前の小学生のように待ち遠しかった予定が、ハシゴで二つもあった。夜のほうの予定は当然のごとくキャンセル。未だ収まらぬ余震、予断を許さぬ原発の状況など、懸念が足に絡まりまくっているこの現状ではどうしようもない。怖いもの。
 
 しかし、
 試合のリングに立つことすら許されないのか。


 大げさに聞こえるかもしれないが、個人的にはそう思えたのだ。この無念をどこに持ってゆけばいいのか。しかし、現在の自分にそれを覆す気合などあるはずがないし、そもそも天災だから何もできない。だから日曜はもうおとなしくしていようと、半ば決定していた。

 そこに、もう一つの予定、マキルさんたちの商店街ライブ決行のお知らせ。
 当日まで迷った。外へ出るのはやはり怖い。
 ただ同時に、見知った顔を見て安心したい。いや、すがりたい。
 後者の気持ちが勝り、自分は出かけた。被災地の人たちに比べたら何と軟弱な葛藤だろうとも思い、申し訳ないのだが。

 そこに、再び昭和の蜃気楼が出現した。
 まさか先月の銀座のビルの地層が、ここまで続いていたとはゆめゆめ考えもしなかった。
 おそらく闇市からの流れであろう、薄暗く細い路地に、数多の店が毛細管現象のごとく染みこんでいる。下北沢にも似たような場所があるが、細長い分、深層の混沌の中へ意識が吸い込まれる心地よい痛覚も強く感じる。
 そんな蜃気楼の中で、ティモさんや何人かのよく知った顔が逍遥しているのを見て、自分は破顔した。
 今までと何ら変わることなく、サンデースクールはロックを擲っていた。

 マキルさんは弦で指を切りながらシャウトし、あおやぎさんは相変わらずマイクに90度、新加入のつやさんのスネアが弾けている。
 いつの間にかチャリティーコンサートになったせいで置かれた籠に、自分も再び寄付をした。
 みんなで飲みに行った。最終的にはマキルさんとグダグダになりながらサシ飲みした。

 みんな笑った。自分も笑った。
 現実逃避と言われても、こんなときに……、と言われても仕方ない。でも、
 笑った。嬉しかった。
 行ってよかった。
 なんだか嬉しかったんだ。



*****


 ついさっき、愚弟が、停電でおびえている彼女に電話をしていた。いつも「愚」と馬鹿にしていじっているが、奴もいっちょまえにそばにいる人に手を伸ばしている。いや、奴も怖いのだろうが、少しばかり見直した。

 最近、こればかり言っているが、人間は本質的に閉塞した個で、他者と同化することはできない。でも、だから手を伸ばしたがる。触れようとする。

 同化できないのだから、我々がいくら思ったところで被災者は我々の理解を超えた艱難辛苦の数々を味わっているのだろう。でも、だから我々も手を伸ばそうとするのだ。
 商店街の片隅にだれかがいるだけで、人はいくらか心を休められる。
 計画停電だの放射能だの、思うように外出できない日が続くが、人が有するこの本質は変わらないだろう。

 
 弱音終了。


 いや、結局自分は弱いのだが、これからしばらくは精一杯強がっていかなければならんと思うわけだ。
 一人じゃ無理でも、だれかいりゃあ、それがたとえ強がりでも安心して強がれる。


 計画停電上等。誰が名づけたか、「ヤシマ作戦」。エヴァの話が由来。うまいこと言いよる。
 放射能はさすがにこわいが、冷静に情報を読む心がけはできている。
 そのくらいできんでどうするよ、オレ。
 現地では、笑顔どころか強がることすらままならない人々が大勢いるのだから。


 みんな、それぞれの一番心の平安に近づけそうな方法で、日々を過ごしてください。


 いつか、みんな心の底から本当に笑うことができるときがくるのを待つとしよう。
 



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