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2011.09.29 (Thu)



 さて、いよいよ一週間後だ。

 しつこいようだがこの三人が何かする。

MGT2
元住吉Powers2
東横線元住吉徒歩5分 http://www.powersbar.com/powers2/ 
2011/10/05(WED) OPEN 18:00 / START 20:00
DOOR FREE (投げ銭)
出演 KIKORI   ヨケマキル/ムラコシ剛/timoleon


 出番は9時頃。
 ちょっと遠い人も多いし、平日だから、ちょっと来にくいかもしれないけれど、
 たくさん来てくれるとうれしい。

 いやマジで、この機会逃すと後悔するよ。
 こないだスタジオで練習したけど、いやー、ホントすごいことになるぞ。伝説のライヴになる予定だからね。しかも、この間買ったボロギルド初お披露目だ。ビンテージ(笑)だろうがお構いなしに荒い扱いで弾きまくる予定。今毎日数時間練習してるが、うちのなんちゃってビンテージも日に日に言うことを聞くようになってるから、当日の衝撃のステージに向けて心の準備をしておくとよい。
 知ってますか? 東急東横線は地下鉄が色々乗り入れてるから、実は意外と便利ですよ。
 武蔵小杉近いから南武線もありだよ。


 だからお願い。来て。

 ムラコシです。来て(涙)


*****


【More・・・】



 ジョギングやらウォーキングやらで、近所のとある馬鹿でかい施設の周囲をよく回ることが多い。
 昨日も、その施設の西口付近で小休止し、水分を補給していた。


 こう書けばもうバレバレだが、自宅はムショとケイバと三億円事件の街にある。改めて書くとスゴイ場所である。
 刑務所と言えば、先日日本最大の某団体の組長が出所したのが話題になったが、そのお方がいたのがここ。
 三億円事件と言えば、聞いたところによるとNHKに事件の第一報を伝えたのは当時NHKの記者をしていた自分の親戚にあたる人。なんと当時の我が家の電話を借りて連絡したという逸話があるらしい。


 そして、自宅から徒歩10分の場所にある某競馬場。
keiba.jpg
 競馬界最大の祭典、GⅠ芝2400m・東京優駿競走、通称『日本ダービー』が行われる競馬場としてつとに有名である。


 こんな場所に住んではいるが、自分は全く競馬をやらない。



 いや、

 やらなくなった。


*****


 自分も競馬に夢中になった時期があった。まあこんな場所で生まれ育ったのだから当然の成り行きではあるが。

 そもそもうちの婆さんからして、若い頃競馬場の売店のパート店員をやっていたらしく、新聞やら赤ペンやらを売っていたというし、家の古い引き出しの奥からは『帝室御賞典』(現在の天皇賞の前身)なんて書かれた戦前の出走表が出てきたりする。幼稚園の同級生には調教師の息子がいた(彼は後年騎手としてデビューした)。
 小学生の時、婆さんから
「ダービーと有馬記念ぐらいはちゃんと見ときな」
「ミスターシービーって強い馬が3冠とるかもしれないから菊花賞見な」
と言われたり、地元のスーパーの持ち馬がダービーを勝った日の全品半額大セールで大騒ぎしたり。
 初めて競馬に行ってきたことが家族にバレたとき、小言の一つでも言われるのかと思いきや「当たった?」と興味津々に訊かれたときはおかしかった。どうもこの土地の人間は競馬というギャンブルにあまり罪悪感を持たないらしい。
 
 馬券を買える年齢になると、競馬にはかなりのめりこんだ。緑のタイトルの『ダービーニュース』という新聞を片手に、大きなレースのない時期もよく競馬場に足を運んだ。万馬券が当たって手が震えた。ダービーの日に休日出勤があたらないように調整してもらったりもした。GWの旅行ついでに行く京都競馬場春の天皇賞観戦は毎年楽しみだった。


 思えば、当時既に人間を半ば諦めていた自分がとった、現実逃避策だったのかもしれない。

 深層のどこかに虚しさを抱えながら、擬似的な娯楽に脊髄を蝕まれていただけなのかもしれない。


*****


 ある馬の話をする。


 ダイタクヘリオスには振り回されっぱなしだった。

daitakuklj
 生涯成績、35戦10勝。
 G1マイルチャンピオンシップ連覇、毎日王冠レコード勝ちなど、名マイラーとして知られた馬である。(マイラー=1600m前後の距離のレースを得意とする馬のこと)


 しかしこの馬、人気があまりないときに好走し、しかし1番人気のレースでは勝てないという、金を賭ける人間をおちょくったような馬なのだ。

 気性に難がある馬によくこういうタイプがいるのだが、コイツの場合極端で、パドック(レース前に馬を見せる場所)で落ち着いて集中しているように見えるときは凡走し、逆に入れ込んでいる(興奮してせわしない動きをする)ときのほうが好走する。直前の調教のタイムなどもそうで、すばらしい走りを見せたときは本番でダメだが、飛ばしすぎて最後ヘロヘロなんてひどい調教をした時のほうが、本番でよく走るのだ。

 「名馬」というよりは「クセ馬」「ギャグ馬」という側面で、ある意味人気馬だった。



 そのくせに、はまったときのコイツの強さは圧巻である。

 コイツ、口を開けて舌をビロビロさせながらだらしなく走ることが多いのだが、そんな走り方で最後の直線で一気に他馬をぶっちぎってレコード勝ちしたりする。しかもだいたいこういう時は一つ前のレースで惨敗をしていることが多く、それでますます人々を混乱させる。


 そんな馬だから、自分も何回もコイツの被害を受けた。
 だが、逆に言うと、そろそろコイツ来るんじゃないかというカンが当たって馬券がとれたときの喜びは格別でもあった。

 いつか自分は、この馬の魅力に取り込まれていた。

 惨敗が続き、そろそろこいつもダメかなと思い彼の馬券を買わなかった日、パドックでこいつに睨まれ(いや、誇張ではなく本当に自分の方を見てブリュリュと凄まれた(笑))、挙句の果てにレコード勝ちされた。この毎日王冠勝利の日以降、ますます自分はこの馬のファンになっていった。

 彼は次の秋の天皇賞で「予定通り」大惨敗したが、さらに次のマイルチャンピオンシップで「予定通り」レコード勝ち。自分も当たり馬券を手にその歓喜に混ざっていた。



 決してエリート街道を突き進んできた馬ではない。負けるときは最後の直線で覇気なくずるずる下がってゆくヘタレ具合。やる気があるのかないのかわからない、いや多分やる気のないときの方が多い馬。でも勝つときに垣間見せる狂気のような潜在能力。

 普段ヘタレな自分にも、あいつみたいに輝ける時が、いつか来てほしい。

 そんな希望を彼に投影していたのかもしれない。
 


*****


 彼がいよいよ引退することになった。
 有馬記念。中山競馬場2500m。

 マイラーのこいつには明らかに距離が長い。しかも一週前に別のレースに出ている。(もちろん人気を裏切って敗退(笑)) こいつの気まぐれに発揮する潜在能力をもってしても、最後の直線まで持たないのはさすがに目に見えている。
 結果だけ見れば、実際その通り。最後の直線、中山名物の坂でずるずる後退、大惨敗。


 でも、自分はこのときのダイタクヘリオスが忘れられない。
 映像を見て欲しい。



 気性難の馬がこんな勝機の少ないレースで勝つにはどうすればいいか。
 他の馬が牽制しあっている中盤までに大逃げをかまし、直線の短い中山で追いつけないぐらいのリードをとって、粘り勝つしかない。しかしこの作戦は距離の長い有馬記念ではますます成功の可能性が低い。

 だがその判断は正しかった。ただし勝ったのは、もう一頭同じ作戦をとり、しかも長い距離もいけるメジロパーマーであった。二頭が競り合ったせいでますますレースはハイペースになり、後続の人気馬たちはまったく追いつけなかった。


 しかし見て欲しい。ダイタクヘリオスが逃げるメジロパーマーにずっと喰らいついたまま、最後の直線まで先頭争いをしている姿を。

 ヤツはそのとき確かに一生懸命だった。今まで見たこともない一途な走りだった。

 涙目で「こんちくしょう、こんちくしょう、何で追いつけんのじゃあ」と言うが如く、
 ヨレヨレになりながら12着でゴールしたヤツの姿に、

 私は情けなくも滂沱と涙した。


*****


 精神的な変化で、それまでの様々な趣味に喜びを見出せなくなって以来、競馬はすっぱりやめた。

 自分の横をすれ違う競馬オヤジ達の、はした金を増やすために前日から競馬新聞片手に予想し、戦績が、距離適性が、血統が、馬場が、騎手が、展開が……などと、いっぱしの統計学者気取りで偉そうなことを酒臭い息でほざいているその生態が、完全にそのときの自分とは相容れない存在になっていた。
 なんと浅薄な人間どもだ。もっと大事なこともあるだろうに、何をそんな些細なことに必死になっているのだ。自分は今までこんな奴らと一緒に靴底をすり減らしていたのか。
 そのオヤジ達を、ヘドが出るほど醜悪な存在として見てしまっていた。

 そしてそれは、自らの鏡像でもあったことに絶望する。

 今も競馬をされている方々の気分を害してしまうことが非常に心苦しいが、お許しいただきたい。そのときは本当にそう感じてしまったのだ。

 以来、一度も競馬に手を出さなくなった。


 そしてそれは今でも。




 しかし、ダイタクヘリオスのことは今でも時々思い出すのだ。
 能書きを垂れる競馬オヤジ達を出し抜き、惑わせ、何度も煮え湯を飲ませたトリックスターが、最後のレースで見せた真摯な走り。


 この日記を書く際に参考にしようと開けたウィキペディアの彼のページには、
 2008年12月12日死没、
 とあった。


 そうか、いつの間にか逝ってたのか。

 引退後の奴は、現役当時の気性の荒さなど忘れたかのような温和な馬になり、穏やかな余生を牧場で送っていたらしい。死の当日も、全く苦しんだ形跡もなく、静かに冷たくなっていたという。


*****


 すっかり涼しくなったこの季節でも、運動すれば汗はかく。首にかけたタオルで汗をぬぐう。

 あいつがパドックで昔の自分を睨みつけたあと、レコード勝ちをした競馬場。

 ダイタクヘリオスが駆け抜けていった直線の芝生が、柵の隙間からちらりと覗いた。

daitaku.jpg






*****


 10月5日のライヴで、オレは強いときのダイタクヘリオスになってやろうと思う。

 この数年、いやもっと前から、惨敗続きのオレの人生。たまにはいい思いをしてもいいだろう。3人でダイタクヘリオスみたいに周りの人間を驚かせてやる。

 来年頭にもROKUROの新企画がある。まだ構想中だがそこでも一発かましてやろうと思う。

 まあとりあえずはライヴだ。どうせだったらレコード勝ちといきたいもんだ。

 不恰好だと思うし、弾き間違いなんかもあるかもしれないけれど、きっと凄まじい演奏が見せられると思う。
 


 当日、お待ちしてます。


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