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2008.01.03 (Thu)

Running over the same old ground. what have we found? The same old fears.

ログを開設して10日あまり。

自分でも驚くぐらいの更新頻度である。
講習中なのに。

mixiだとこうはいかない。
「ネタを発表する場」になってしまっていたからかなあ。

しかし、こっちの記事の質は何か重いのが多い。
もっと面白いのを期待している人もいるかもしれない、
と、思いつつ、
時期的に、そして精神的にあまりはじけられない時期なんですよ。
ということにしておく。






昨日今日と、箱根駅伝を出勤前にチラ見した。
正月早々、必死に走っている。
途中で倒れてしまう者もいる。
やるせない。

走ることを日課にしている自分から見ると、あの箱根駅伝の、特に山登り区間を走る者の精神力には恐れ入る。
走るとよくわかるのだが、歩くだけでは意識できないほんのちょっとした傾斜が、走るものにとってはじわじわと負担になるのだ。



ところで、
自分はなぜ、走り続けているのだろう。










【More・・・】



「公的」には、健康とダイエットのため、となっている。
たしかに今運動をやめると、あっという間にリバウンドが来ることはわかっている。
もともとウォーキングが日課だったものが、いつの間にかジョギングにステップアップした、という感じである。

しかし、この理由。非常に大きな理由であるものの、最近疑問符がつくのだ。
ここ一年ぐらい、体重は平行線である。「理想体重」とされる体重まであと五キロぐらいあるのだが、壁に突き当たってなかなかへらない。
今はなんとか現状を維持している状態である。

だが、そうなると、一般的な人間の心理として、
「いやになる」「あきる」「あきらめる」
という方面へとベクトルが向くはず。

だが、やめられない。
なぜなのだろう。


走ることが趣味になった。
ともいえるのかもしれないが、
別にランナーズハイなど味わいたくもないし、何かの大会参加をめざしているわけでもない。趣味にしては、ジョギングは非常にきつい。
特に走り始める直前の時間は、そりゃあもう憂鬱で憂鬱でしかたがない。
走り終わったら終わったで、汗かきすぎて脱水症状寸前、意識が飛びそうになることもある。
そのあとの仕事中喉が渇いてしかたがない。


走りきった、なんていう充実感すら、ここまでつづけているともう麻痺してしまって感じられない。

だが、やめられない。
なぜなのだろう。


病的なものなのかもしれない。
とも思った。
強迫観念にかられているのかもしれない。
確かに雨とか、体調不良とか、走る時間が取れなかったとかで、ジョギングしなかった日は、非常にイライラする。
体重のことを気にする、というのもあるが、何かもっと別のことがあるようだ。






次に思ったのが、そして今でも思っているのが
どこだかわからないどこかを目指しているのではないか、
ということ。


いや、別に自分探しの旅に出たいわけでもなく、ただ毎日数種類あるオリジナルジョギングコースを回っているだけなのだが。

でも、明らかに、走り始めたときから、
いや、それ以前の、ウォーキングを始めたダイエット初期から、間違いなく心の中に存在している観念なのだ。
人生を歩き続ける、という使い古された比喩ではなく、どこかを目指している。
そのどこかは、どこにあるかわからない。
ひょっとすると、永遠に見つからないかもしれない。
そのどこかが自分なりに見つかったとき、自分は走るのをやめるのだろう。


なんてカッコイイにせ哲学を温めていた。


し か し

自分の脳裏に、最近やたらと浸蝕してくる「結論」めいたものがある。


どこかを目指している
と同時に、
今までの自分から、必死に脱出を試みている


のではないかと。


そうなのだ。
走らずにはいられないのだ。

一度今までの自分を捨てようとし、
本来の自分を掴もうと走り始めてしまったからには、
走らずにはいられないのだ。

もしここで走るのを止めてしまったら、
自分はまた、あの元通りの、日常の中でふやけきった生命体へと成り下がる。
その恐怖。


自分を走らせているのは、他ならぬ、その恐怖だった。


まだ見ぬ場所を目指しながら、
しかし、同時に迫り来る恐怖から逃れながら、
自分は走り続けている。


だからきっと、自分は、駅伝の途中で倒れてしまった選手のように、
痙攣する足を叩きながら、ふらつく足取りで、それでも前に進むはずなのである。


……いや、それは大げさだな。


でも、それに近い気持ちは、ある。


もっと、
もっと安らかに生きたい



自分が走るその先に、そのような世界があることを祈りながら、
明日も自分は走る。



フォレスト・ガンプ。
あなたはなぜ走ったのですか?










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