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2008.03.20 (Thu)

十年の孤独

 
 日、大学卒業間近の教え子たちと飲んだ。
 10年前の小6である。
 
 最近、このように元教え子と再会する機会が増えてきた。流れた時間の多さと速さ、そして少しのもののあはれが意識の海底に静かに積もる。





 
 降り出した春の雨に濡れながら、約束の時間に約束の駅前にゆく。
 みんながどこにいるのかはすぐにわかった。
 が、当然向こうはまだ「フツウ」の体型になった今の自分を見たことがない。

「さて……私はどこでしょう。 ムラコシを探せのコーナー!」
 
 と、メールを送り、少し遊んでみたりした。
 時々自分をチラ見する教え子たち。
 後で聞くと、「絶対あれじゃないよ」と思ったそうだ。
 勝利!

 でも、
 本質はこの10年、あんまり変わってないんだけどねw

 
 開店直後の沖縄料理屋に入る。
 

 みんな、髪を染めたり、化粧してたりはしていたけれど、しゃべり方も個性も、昔のまんまだった。
 花咲く昔話。
 酒も進む。









 酔いが回り始め、融け出したロック氷の揺らめく模様を眺めながら、思う。

 実はこの教え子たちが、今日自分を呼んでくれたことが、未だに信じられない。





【More・・・】




 今日集まった教え子は、今の校舎に配属される前にいた、別の校舎の生徒たちであった。この時代の、特にこの代の教え子は、自分にとってある意味特別の思い入れがある。
 思い入れ、というより、仕事場における今の自分を作り上げた

 原点

 とでも言うべき子たちだ。





 あの時代はまさに、自分にとって修行の時代だった。
 国語を教えることの難しさを頭からつま先まで、全身の痛感神経を通して感じさせられた時代であった。



 どの教科でもそうだが、国語は特に担当講師の力量がダイレクトに反映される教科だ。
 文章の数だけ、無限に問題は作られる。授業中にやった同じ文章がテストで出るわけではない。生徒たちにとって、読解問題は毎回初めて目にするものばかりだ。
 だから漢字・知識分野を除き、「この前教えただろう」「何で覚えてないんだよ」と生徒に言うことがほとんどできない。生徒も、家で国語をどうやって勉強したらいいかわからない。普段から新聞や本を読んで文章に慣れる、というような間接的なことしかできない。
 必然的に授業で何をやるかが勝負になってくる。




 自分はあのとき、今ではぞっとするぐらい未熟だった。
 ひどい授業をしていたと思う。




 この子たちのクラスは、国語が苦手な生徒が多かった。
 いや、これはずるい言い方だね。
 いつまでたっても国語が苦手だと感じてしまう授業を、自分がしていたということなのだから。




 自分がそこに来る前、社内でも随一の「国語の神様」がいたため、当然その人と比べられる。
 父母からの面談等でも、厳しい苦情を言われた。
 それがイチャモンではなく、本当に的を射た指摘をされていることもわかっていた。
 試行錯誤の毎日。授業内容や方法も混乱していただろう。
 受験へ向けての仕上げ方もよくわかっていなかったはずだ。
 夜十時に勤務が終了しても、日付をまたいで2時とか3時とかまで残って教材作成・研究をする日も多かった。要領の悪い自分にはそれしかできなかった。
 必死だった。
 そのときできる一番いいことはやっていた。つもりであった。



 しかしいくら「つもり」でも、結果は非情に突きつけられる。
 模擬試験でとんでもない点数を取らせてしまう。
 本人がサボっていたのではない。国語の場合、それは担当講師の責任だ。


 
 生徒から見れば、まだ経験が浅いなんていう言い訳など意味がない。中学入試には浪人がない。勝負はその年しかできないのだ。だから生徒はその未熟な講師に運命を委ねるしかないのだ。
 責任は重大だ。



もっと自分に力があったら。
 今でもいつも、そう考えて授業をしている。
 目指すところには、まだまだ到達していない。
 でも、そう考えてきたからこそ、自分は仕事を続けられた。と思う。



 何度か仕事を辞めたいと思っても、辞めなかったのはそんな子たちへの責任感を投げ出せなかったから。



 その心構えを教えてくれたのは、この子たちだった。
「原点」とは、そういう意味だ。






 たられば、を言ったところで意味がないこともわかっているが、
 もし、今の自分が、この子たちを教えていたら、と考えてしまう。
 苦手な国語を得意教科に変えることは難しい。
 でも、苦手ではない、と自信を持たせてあげることはできたかもしれない。

 今なら、

 今の自分なら。









 それなのに、
 この子たちは、
 そんな状態だった自分に、会いたい、という。



 今の仕事場に来た後の教え子ならばいざ知らず、あの代の子たちが、である。







 ふと、目の前に座っていたKが、意外なことを言った。



先生に代わってから、国語できるようになったよ。



 Kは国語が得意だった。だからてっきりはじめから得意だったんだろうと思っていた。誰が教えても国語はできたんだろう、とずっと思っていた。



「え、マジ? うわーちょっとキタ。お前いい奴だな~」
 とおちゃらける自分。
 感激しているふりをする。



 本当に感激で涙出そうなのをごまかすために。














 ありがとう。



 会えて嬉しかった。



 本当に嬉しかった。











 帰ってきた後、布団に入り、天井を見つめていると、なぜか自分の両耳のそばを、いつまでも水滴が流れてきて、止まらなかった。




「コピ」は少し、飲みすぎたのかもしれない。


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*Comment

素晴らしい出会いだにゃ!!
若い子と話すと色々発見があって面白いよね

先生!栗です!
ポップアップ君 |  2008.03.21(金) 20:58 |  URL |  【コメント編集】

だれだかわからなかったので、申し訳ない。

栗ってなんだ?


しかし、この件はもう忘れてください。
人の関係はもう、崩したくない。
ムラコシ |  2008.05.01(木) 15:50 |  URL |  【コメント編集】

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