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2008.04.23 (Wed)

シアワセ と ヤスラギ


 の一週間、感情が上下動を繰り返した。
 自分のやっていることに対する自信がない。
 それが誤りなのか、誤りでないのか、判断が、見通しがつかない。
 その結果、人に不快な思いをさせていた。

 
 すいません
 みんな私がいけないんです。
 みんな自分のせいです。


 この間川崎のイベントに行ったときは、何とか持ち直していけるかな、と思っていたし、事実、あの日は精神的にかなり安定していた。


 しかし月火水と過ごしていくうちに、じわじわと根拠の定かでない不安が自分をゆっくりと絞め落としていくのがわかるのだ。
 自分のいつものパターンである。
 なかなか切り替えができない。


 もうすぐGW。塾教師にとっての心の正月。
 例年なら本当に「もういくつ寝ると」状態になるのだが、今年はその高揚感が全くない。いつもの一人旅の計画も全く立てていない。ぽえ会のみなさんとGW中に温泉オフがあるのだが、それだけ。
 京都の鞍馬寺にいってみたい。高崎の大観音見に行きたい。国立博物館の薬師寺展行きたい。喜多方ラーメン食べに行きたい。燕三条のラーメンも食ってみたい。白川ラーメンも喰いたい。新しい服も買いに行きたい。色々映画も見たい。トゥルーマンズショー見てみたい。東京を見たい。尾道行きたい。長崎行きたい。
 やりたいことは色々あるのに、なにもやる気が起きない。
 今年はカレンダーと自分の週休日(水曜日)の関係で、なんと奇跡の11連休なのに、である。
 詩を投稿し始めた3年前と同じような状態である。
 来年、今の仕事場を離れ、何か別のことをしているならば、こうしてまとめて休めるGWは今年が最後かもしれないのに、である。



 虚しいのである。



 日曜日、10キロ走った。
 今日は、8キロなのに、久しぶりに脱水症状寸前になった。


 ムカついたので、ラーメン二郎へ行った。ニンニクヤサイカラメ。
 帰ったら、腹を下した。
 さっきまで横になっていた。


 きっとこんな調子で、GWの大半は過ぎてしまうのだろう。
 これを、緩やかな死と言わずして、何と言うのだ。


 せきをしてもひとり (尾崎放哉)



*****


 こんな感じなので、なかなか面白い記事が書けぬ。
 こんな状態なので許してほしい。


 今日は、自分の半生について語りたくなった。
 こういうとき、ネットは便利だ。
 こんな話をする相手がいない自分には、ネットしかその感情のはけ口を見つけられない。
 だから本当は、こんな自分を不特定多数にさらすのはよくないことだとも思っている。この記事を読む方々にも、申し訳ないと思っている。
 でも、そうせずにはいられない。


 
*****

【More・・・】



 佐野元春。
 彼のナンバーの中で、自分にとって特別な曲がある。

 Someday

 いつの日にか、という、今となっては陳腐かもしれない、手垢のついた言葉。
 詩を書く立場になった現在、この曲の歌詞も、もう少し何とかなるだろ、と思ったりもするが、自分はこの曲が好きだ。
 「Someday」は特別である。


 大学への受験勉強をしていた頃。
 あるときふと、シャー芯のケースに、「Someday」の

 Happiness and Rest

 という歌詞を落書きした。



 Happiness and Rest
 約束してくれた君
 だからもう一度 あきらめないで
 真心がつかめるその時まで
                (佐野元春「Someday」)



 シアワセ と ヤスラギ



 受験生の自分はその時、世の中のことなど何もわかっちゃいないくせに、

 シアワセとヤスラギ

 を切望していた。



 信じられない話をしよう。
 高校時代、自分には何と、



 彼女



 がいた。






 現在のところ、自分の人生史上唯一の彼女である。





 シアワセとヤスラギは、彼女といることでもたらされると思っていた。


*****


 大学が決まった。
 これでシアワセとヤスラギが手に入る。
 かと思われた。



 しかし、思い出すのも苦痛なので、詳しくは書かぬが、彼女と訳のわからぬ別れ方をした。



 まあ、向こうが海外へ行ってしまう、という逆らいようもない運命もあったのだが、実はそれだけではない。
 彼女は、人間としての尊厳を傷つけることばを、自分に言ってしまった。その件ではすぐ和解したのだが、まるで潜在する放射能のように、その言葉が自分の心の中に深く沈み続けたことが、結局彼女と別れる遠因にもなっている。


 
 精神的にかなり参っているところで、大学入学。今思えば、大学時代は散々だった。
 シアワセとヤスラギのはずだった新生活は、すべてのことに気力がわかない生活となった。
 肥満悪化、脂肪肝で体調悪化。第一次ダイエット。在学中、高校・大学の友人を三人も亡くす。精神的に不安定な時期が続く。ふつうのサラリーマンになる気力もなく、唯一興味があった塾業界へ。その選択が正しかったのか未だにわからない。
 卒業直前、例の彼女が帰国した。何度か会ったが、彼女はもう自分のシアワセとヤスラギではなく、自分のようやく癒えかけた傷を再び化膿させるだけの、忌まわしき存在になっていた。



 有意義なはずの四年間が、ほとんど空白のまま過ぎ、その後就職した自分は、オヤジだらけの職場で、前に述べたように、ワーカホリックになった。
 おかげで職場では、使える国語講師として認識されるようになったらしいが、



 シアワセとヤスラギ、
 は、とうの昔に、使いかけの付箋紙と一緒に、どこかへ行ってしまった。
 

 そして、自分は人間を捨てた。



 再び肥大する身体。人間としての地平からどんどんずり落ちていく。
 その結果が、公称1/8t(=125kg)。
 公称、としているのは、家にあった体重計の針が振り切れてしまい、それ以上量れなかったからである。推測だが、130キロを超えていた時期もあったはずである。



 だが数年前、その状態のまま、摩り減り続ける自律神経を護ろうと、再びシアワセとヤスラギを手に入れようとしてしまい、
 結果、精神はトドメを刺された。



 皮肉なことに、その時初めて経験した「精神的ショックによる10kg自然減」がダイエットのきっかけになった。
 いや、その自然減をごまかすためにダイエットを始めたともいえる。
 シアワセとヤスラギを求める旅。
 再び人間としての自分を取り戻すための、気の遠くなりそうな道程。
 現在の体重は70kgをちょっと越えたぐらい。まだまだたるみは残っているし、理想体重まで届いていない。
 でも、一見するとフツウの「人間」のように見えるらしい。
 もう十分じゃん、とも言われる。



 冗談ではない。


 自分はまだ人間になっていないのだ。







 自分がダイエットをしている、理由。
 自分が毎日走り続けている、理由。

 それは、恐いからだ。
 人ではない自分に戻るかもしれないという恐怖に捕らえられないように、ひたすら逃げているのだ。



 そして、「Someday」の歌詞のように、
 いつの日にか、
 シアワセとヤスラギが手に入るまで、
 自分は毎朝走り続けるのだろう。



 妖怪人間ベムのように、
 人になることを切望する存在が、自分である。



 自分が無駄にしてきた失われた季節はあまりにも多すぎる。
 とにかく、残り時間は少ない。
 いや、もう手遅れかもしれない。
 この一月、いや一週間の出来事と、自分の情緒の激烈に過ぎる上下動を顧みて、思う。



 
 現在の精神状態は、人間とは程遠いだろう。
 いや、ひょっとすると、この状態が人間そのものなのか?



 で、あるならば、少し前に頭に浮かんだ、
 日々は緩やかな死である
 というフレーズは、真実であると証明されてしまう。



 自分の日常は、人間になろうとして、人間にいまだたどり着けない人間の、人間としての生き方を捜し求めるための、
 終わりのないドキュメントだ。



*****



 授業が終わった後の誰もいない教室で
 黒板に


 Happiness and Rest


 と殴り書きしてみた。





 墓地からもどつて来ても一人(尾崎放哉)






*****



 Emがまた、後ろからつぶやく。
 
 長えよ。

 すいません。

 



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EDIT  |  23:03  |  雑記  |  CM(2)  |  Top↑

*Comment

初めまして。
コメントしても良いものか、とも思ったのですが…なんていうか。
同じものなんてない、っていうのもわかってるんですが、
覚えのある感情とかが、ちらほら、…と、思ってしまったので、この場に失礼しちゃってます。
って前置き長いですね・・・。

私も、人間になりたいっていう思いを持って日々、
ごろんごろんと前転後転を繰り返していたりします。
妖怪人間ベムのように、という例えとか、よく思ったりします。

実は、ムラコシさんの作品を拝見していて、この人はとてもすごい人なんだなぁ、
と、なんだかすごく天上人のように、思っていたり、してまして。
けれど、色々な文章をこうして、拝見させていただいて、
なんていうか、ここにある魂っていうか、人のカタチっていうか、生身?を感じて。
沢山、沢山、日々を感じて、その人ってものがあるから、
発する言葉に、ちからがあるのかなと、何かを感じるものがあるのかなと、
改めて、思った次第です。

正直、ムラコシさんが発せられている事柄を、私はきちんと正確無比にはキャッチできてはいないと思います。
人と何かがずれているのか、友人間でもわりあいそういう傾向があるもので…情けない話なのですが…。
けれど、なんていうか、そこにある、ムラコシさんにしかないものが私は好きです。

とりとめもなくすみません、聞き流すくらいの調子で、よろしくお願いいたします(何を)
いちふぁん |  2008.04.26(土) 18:51 |  URL |  【コメント編集】

いちふぁんさんへ
ありがとうございます。
ファンだなんてこっぱずかしいw恐縮です。

完全に自分の世界を理解してもらえるのは難しいと思いますし、詩はもちろん、ここの記事だって、書けないこと、書きづらいことをどうしてもぼかしてしまいます。でもそれが一部であったとしても、読んでくれた、感じてくれた、ということはとても嬉しいことです。
こんな個人的な愚痴みたいな駄文に感想寄せていただき、ありがとうございます。

いつの日か、自分が人間になったとき、お目にかかれる日が来ることを願っています。
ムラコシ |  2008.04.28(月) 10:02 |  URL |  【コメント編集】

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